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<title>おかねもちになりたい</title>
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<title>オタクと青春</title>
<description> ハルヒの感想をネットでしらべたら、これはオタクがあこがれる青春を描いたものだという説にぶつかりました。うる星やつらや究極超人あーるなんかと同じなんだそうです。それはそうとオタクでも、素直にこういう青春もあるんだなーとフィクションとして読むとよいと思います。あえて「オタク研究家」というスタンスで読んで、オタクを攻撃する材料にするのはやや屈折していると思いました。
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<![CDATA[ ハルヒの感想をネットでしらべたら、これはオタクがあこがれる青春を描いたものだという説にぶつかりました。うる星やつらや究極超人あーるなんかと同じなんだそうです。それはそうとオタクでも、素直にこういう青春もあるんだなーとフィクションとして読むとよいと思います。あえて「オタク研究家」というスタンスで読んで、オタクを攻撃する材料にするのはやや屈折していると思いました。 ]]>
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<dc:date>2007-07-29T12:35:42+09:00</dc:date>
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<title>さとう玉緒</title>
<description> さとう玉緒さんが面白いのでもう少し書きます。 玉緒さんは今井美樹のプライドという歌がわからないと書きます。一人の男を愛しぬいて家庭を守るという女性のプライドに共感するところがありません。共感できるプライドの例として、映画タイタニックで船が沈む間もバイオリンを引き続けた人の事を挙げます。これって仕事のプロフェッショナルのプライドですよね。玉緒さんは中身は男なのです。 家庭を守るといういわば母親として部
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<![CDATA[ さとう玉緒さんが面白いのでもう少し書きます。 玉緒さんは今井美樹のプライドという歌がわからないと書きます。一人の男を愛しぬいて家庭を守るという女性のプライドに共感するところがありません。共感できるプライドの例として、映画タイタニックで船が沈む間もバイオリンを引き続けた人の事を挙げます。これって仕事のプロフェッショナルのプライドですよね。玉緒さんは中身は男なのです。 家庭を守るといういわば母親として部分が欠落した玉緒さんは、女らしさについても独特の意見を言います。しずかちゃんみたいな女の子は絶滅しているのに男は女に幻想を持ちすぎだと彼女はいいます。しかし現実の恋愛は本能に引き継がれて家庭生活に突入するので、先に言う今井美樹のプライドのようなものが本能から湧き上がってこないと維持はできません。しかし玉緒さんはそういう恋愛はつまらなくってすぐに飽きてしまうというのです。 母性が欠落した女性というと娼婦を連想します。しかしたとえばアフリカなのでは容姿が劣る女性は結婚をあきらめて娼婦になるんだそうで、それはそれで功利的です。しかし玉緒さんは美人で、そういう理由は考えられません。むしろ玉緒さんの主張は過激なフェミニストに似ています。本能のままに男がリーダーシップを取る家庭生活に突入するのが大部分の女性の取る道です。しかし世の中には例外的に男性的な女性がいて、たとえば結婚を拒んだり職場での公平な扱いを求めたりするのです。そういう人によって世の中は少しずつ良くなっていくのでしょう。 しかし玉緒さんは世の中の改造を望みません。自分の女性としての幸福は恋愛とシアワセな結婚生活にあると思考して、それに飛び込むのです。しかし玉緒さんの場合は本能の部分に鈍感で、欠点もわかり始めてきた男をそれでも愛し家庭を守り抜くという衝動が彼女にはないのです。これは不幸でしょう。フェミニストがやるように自分より劣った男をパートナーにして支配するとか、仕事に生き甲斐を（玉緒さんは事実上そうなっていますが）みつけるとか、そう割り切ればもうすこし幸せになるのではないでしょうかで、なんでそんな母性本能のない女が育つのかというと、それは教育の成果だという説があってただしこれはちょっとうさんくさいです。フェビアン社会主義について書かれた本によると、社会主義の一環として家庭を解体し個人を国家に直接所属させるために、男女では自由恋愛が推奨され子供は国に所属するようにするのだそうで、そういう思想が自由主義側の陣営にもあったのだそうです。そういう教育を受けたり、テレビでアメリカのマッチョな女性像にあこがれたりしたら自然にそうなりますよね。捨て子を国が育てるとか、そういうのもありますし。北朝鮮なんかだと親子があまり仲良くならないように子供は遠くの学校に寄宿させる制度だそうです。理念によって社会を改造する思想が社会主義です。アメリカだと民主党なんかにはそういう部分があります。相続税が高すぎると子供に財産を残すという自然な愛情がゆがめられ、実際に親子が仲悪くなるんだそうです。子供を作るところまでは本能なんですけどね。玉緒さんはアメリカのドラマにあこがれたテレビっ子だそうで、現実に不満を持ってそういうところで自然にウーマンリブの闘士みたいになってしまったんでしょうか。<br /> ]]>
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<dc:creator>やすしさん</dc:creator>
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<title>ハルヒ</title>
<description> 金儲けでも仕事でもない楽しみを見つけようという事で、本を読むことにしました。ライトノベル（と言うそうですね、ジュブナイルのことでしょうか）の人気作、涼宮ハルヒの憂鬱を読みました。今の人生に不満な自分を抑えられないハルヒには読書好きの理屈っぽい人は共感するでしょう。 この小説の批評をさとう玉緒がしていて、おもしろかったです。イラストがオタクっぽくて受け入れられないなどというのですが、自分が高校の頃も
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<![CDATA[ 金儲けでも仕事でもない楽しみを見つけようという事で、本を読むことにしました。ライトノベル（と言うそうですね、ジュブナイルのことでしょうか）の人気作、涼宮ハルヒの憂鬱を読みました。今の人生に不満な自分を抑えられないハルヒには読書好きの理屈っぽい人は共感するでしょう。 この小説の批評をさとう玉緒がしていて、おもしろかったです。イラストがオタクっぽくて受け入れられないなどというのですが、自分が高校の頃もテレビでアメリカのドラマにあこがれて現実の生活に身が入らなかったと述べています。彼女は本は読まないそうですがテレビを見るので結果は同じですね。非常に理屈っぽい人で、中身はまるで男のようでした。なので女のパロディーみたいな人生になって、同性に嫌われたり、体育会系の男の様な意見（オタク批判とか）を述べるのでしょう。しかし自身を「KABAちゃん系」などと言っており、自分が男っぽい、理屈っぽいという事に自覚はあるのでした。男はスカートめくりするぐらいに羽目をはずしたほうがいい、などと理性ではない本能に基づく秩序を重視するあたりは共感しました。しかし普通の女性はそういう部分を本能で処理しているのですが、さとうさんはそこも理性でいちいち考えてやっているようで、やはり中身は男（それもややバカかな体育会系の男）のようです。 しかし世界を変革するのは常に合理的な人間なのです。そういえば小説の主人公のハルヒも自分の考えが先行していて理屈っぽいです。本能に基づく秩序、つまり恋愛感情には冷ややかですが、独特のリーダーシップを発揮してはいるようです。こういう人がユダヤ人国際金融家みたいな支配者になるのでしょうか。それとも変革の果実は本能に基づいて行動するような大衆の指導者（自民党みたいなの）に引き継がれるのでしょうか。<br />ところでさとうさんの関心は常に恋愛という本能に根ざした秩序へと向いています。これは不幸なことです。恋愛の問題は考えてもどうしようもなく、特に恋愛での釣り合いに関しては女性は本能で判断する場合が多いようです。釣り合いを考えて競争したりあきらめたりするのは男の役割なのです。そこを頭で考えてしまうので計算高い女といわれたりするのでしょう。彼女の関心が世界を変えるような、具体的には日本の高校をアメリカの高校のように楽しくするような方向に向いていればもっと幸せになっていたでしょう。アメリカではこういう理屈先行の党（民主党）が政権を取ったりします。しかし日本では万年野党（社会党・民主党）ですね。そういう違いが理屈っぽい人の行き易さに関わっている気がします。 そういう、典型的で不幸な人間なので、テレビで一定の役割を与えられているのでしょう。マスコミというものは非常に理屈っぽく、民主的なのです。<br />それはそうと、さとうさんは不幸です。頭の使い方が間違っているのです。本能に基づく秩序（恋愛など）を理性で再構築しても意味はありません。理性は世界をよりよいものにするためのあるのです。さとうさんは不幸の代名詞ですが、反面教師として見習おうと思います。ああなってはいけませんね。 ]]>
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<title>mixi</title>
<description> mixiで悪徳商材を売っている人がいるようだ。http://e0166.blog89.fc2.com/blog-entry-227.html
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<![CDATA[ mixiで悪徳商材を売っている人がいるようだ。<br /><br />http://e0166.blog89.fc2.com/blog-entry-227.html ]]>
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<dc:creator>やすしさん</dc:creator>
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<title>潜在意識</title>
<description> たとえば病原菌を考えよう。個々の病原菌は独自に繁殖活動をし、また変化して感染する。ここで病原菌全体を統括する意思はない。ただ、同じものがコピーを繰り返し広まったのである。 しかし昔の人は、疫病にはそれを主催する神がいると考えて、その神様を慰撫するために様々な儀式を考え生贄を捧げた。 このように、個々の個体が別々に活動しコピーを繰り返した結果、全体として大きな出来事が起こるということはままある。しかし
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<![CDATA[ たとえば病原菌を考えよう。個々の病原菌は独自に繁殖活動をし、また変化して感染する。ここで病原菌全体を統括する意思はない。ただ、同じものがコピーを繰り返し広まったのである。 しかし昔の人は、疫病にはそれを主催する神がいると考えて、その神様を慰撫するために様々な儀式を考え生贄を捧げた。 このように、個々の個体が別々に活動しコピーを繰り返した結果、全体として大きな出来事が起こるということはままある。しかし主体は個々である。進化論の論理などはこれだ。 それに対して、個人を超えた全体的、集合的な主体を考える考え方もある。先の例以外でも、ユングの集合的無意識などはそうだ。 ポパーが精神分析学を疑似科学として批判したのは個のあたりなのではないかという気がする。進化論で葬られたはずの精神的な主催者、いうなれば神の変型判を、無意識の議論が抱えているといえるのだ。 また、マルクスにおいて資本家とは資本が人格化したものといわれる。この論理も転倒している。あくまで個々の資本家がいて、互いが互いを真似するので結果として社会に対してある階層をなす。個体が中心なはずなのに、集団が主体であるように主客が逆転する。 マルクス主義もポパーによって疑似科学と批判されている。またマルクス主義が全体主義をまねいたのも当然だという気がする。個体ではなく集団から出発する議論は初めが転倒しているので、後の論理がいくら整合的でも結果は誤ったものになる。 ]]>
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